大沼城(豊田市)

下山村にある3つの城を訪れました。昨年後半はほとんど山の中に行かなかったので久しぶりの山城です。どれも車からのアクセスが極めて良好だったのでほぼほぼ午前中で周れました。

まずは大沼城。この後の2つともそうだけど、このあたりは徳川vs武田の最前線。全部武田に落とされたようだが…。

大沼城案内板

3つの内ではこの大沼城が最も規模が大きく、北へ足助、東に作手・設楽、南に岡崎、西には松平郷という道の合流点にあるので、この付近では拠点的な城だったのかなという感じ。特に松平郷からは10km少々と非常に近く、武田に落とされて大丈夫だったのかしらと思わなくはないけど、一地方大名の発祥の地という程度では攻め落として旨味のあるところではなかったということか。

登り始めてすぐに「三の丸跡」という看板のある曲輪。まあ当時は三の丸とは呼ばれていなかったと思うが…。そしてさらに登ること数十秒(近い)、「二の丸跡」に到着。

二の曲輪

この城で一番広く、200人やそこらは駐屯できそうなくらい。ひょっとしたらちょっとした建物くらいはあったかもしれない。

で、ここからもう少し登ると本丸なのだが、ここまできれいに整備されていたのが急に興味なくなっちゃったのか、本丸はなぜか下草もいまいち刈られておらず。一応「大沼城跡」という看板だけ立っていたが、全体としてはなんとか曲輪とわかる程度。どうしちゃったのか…。

本丸の裏には大きな堀切があり、こちらはなかなか見ごたえあり。写真だと奥行がよくわからない感じにしか写らないのが難しい。

本丸奥の堀切

残っていた土橋越しに堀切を渡っていくとさらに高いところに小ぶりの曲輪が計4つあり、3つ目の曲輪が最高地点になる。この曲輪には祠があり、土塁が見られた。いかにも詰の曲輪という感じ。

土塁

祠はまずまずきれいにされており、さらに奥、一段降りた曲輪の先に下山できそうな道があったので、そこからお参りに来ている人がいるのであろうという感じ。

最初に書いたように車降りてすぐ城域に入れること、また比較的狭い範囲に曲輪が集まっており短時間で一回りできるので、まあまあ気軽に回れる山城だとは思う。もちろん山城なので一歩間違えたら危ないかもしれないところはあるけど。

 

ということで、自己紹介除いて初記事でした。この日全部で4つ回ってますがとりあえず1つで1記事。こうやって文章書くの久しぶりなので、探り探りで。